フジイブログ

色彩楽園主宰フジイのブログです。

子どもたち!だいじょうぶ!

くま_コロナ_せっけん今、子どもたちに「だいじょうぶ」と言いたい。

緊急事態宣言が発出され、外出自粛が要請され、医療崩壊が危惧されている。
子どもたちは、もう2ヶ月ほど学校に行っていない。
異常な毎日だ。
くま_コロナ_うがい一方で今までと変わらず電車で通勤したり、子どもや高齢者、疾患のある人たちに密接に関わって仕事を続けている人たちもいる。
私たちが阪神大震災から続けているボランティア活動「あおぞら色彩楽園」では 、3月に子どもたちやお母さんたちを応援するぬりえを届け、4月16日からは「くますけよりみんなへ」として子どもたちに大切にしてほしいことをくま_コロナ呼びかけ_マスク世界最強の敵、コロナウィルスには勝てるよ!」と発信している。

もちろん、「こうすれば勝てる!」なんて方法はない。
最大限に努力していても、感染する可能性はあるだろうし、そんなに気にしていなくても感染しない人もいるかもしれない。

くま_コロナ呼びかけ-早寝でも、「勝とう!」ではなく、「勝てるよ!」としたのは、「だいじょうぶ!」と言いたいからだ。
テレビでは毎日まるで天気予報のように全国の感染者数を伝え、外出自粛により生活基盤が揺らぎ、世界中の人たちがどうすればいいかを探し続けている今、出口の見えない闇の中では大人の不安も日に日に大きくなり、それは確実に子どもたちに届いているだろう。

くま_コロナ呼びかけ-早起きでも、だからこそ、
「だいじょうぶ!全力でみんなを守るよ!」
「手洗いもうがいも、外に出かけることをがまんすることもがんばれてるからね。だいじょうぶ!」と言いたい。
「全力で守る」は必ずしも「正解を知っている」ということではない。
「今できることを全部やる」ということだ。

くま_コロナ呼びかけ_ぎゅう確かに、先々の生活の不安が容易に払拭できない今は、なかなか「だいじょうぶ!」と言う余裕もない。
そして、子どもは心配なことがあるからといって、一日中膝を抱えてうつむいているわけでもないので、大人からすれば、つい「なにのんきにしてるの!」「人の気も知らないで!」と言いたくなることもあるだろう。
くま_コロナ呼びかけ-おうちでも、ふと見たときに子どもたちがそんな大人の不安もすべて受け止めて、じっとみつめていてくれたり、ニコニコしていたりしていることが気持ちを落ち着かせてくれることも事実だろう。

これまで自然災害を体験したり、いじめや不登校の悩みを抱える子どもたちの大きな回復力をいくつも見てきたが、そんなときに、子どもたちの苦しみを受け止めることはもちろんのこと、同時に「だいじょうぶ!元気になれる!」と、子どもの再生力を信じることもとても重要だった。
そして、それを保護者に伝えることも同じように重要だった。
だからこそ、「勝てるよ!」なのだ。

くま_コロナ呼びかけ-01「くますけよりみんなへ」は、これ以上の感染症の広がりを防ぎ、一人でも多くの子どもの感染を防ぎたくての発信だ。
しかし、これらは、外出自粛など感染対策に限ったことはあるにしても、その他はもともと子どもが健康に成長するためにどれも大切なことばかりだ。 今回に限った特別なことではない。
日常生活での当たり前のこと、子どものこころとからだが健康に育つために大切なことが、強い身体とこころを育てる。
夢中になって遊ぶことが免疫力を高め、強い身体とこころをつくる。

「くますけよりみんなへ」は、まだまだ続く。 
そして、 「世界最強の敵、コロナウィルスには勝てるよ!」と言い続ける。

そして、絵が必要と改めて思うのです

春になった。
今年を迎えたときには想像もしていなかった春になった。
大人も子どもも、神戸にいる人も他の場所にいる人も、地球上にいる人たちみんなが困っている。苦しんでいる。
自然災害等で大切な家や家族を失ったり、突然生活が一変したりした人たちにはすぐにクレヨンを持って行って、こころの救急活動を展開してきたが、今回はそれが難しい。
また大きな課題を突きつけられている。

また、自然災害の被災者だけでなく、様々な苦しみを抱える人たちが通う精神科のクリニックでもアートの時間を担当していたのは一昨年前の秋まで。
院長の長尾圭造先生が急逝され、ほどなくして長尾こころのクリニックは閉院となった。
ずっとアートに通ってくれていた人の中には、その後も「片付けたら出てきました」と折り紙などを送ってくださった方もいる。

そんな中、同じく熱心にアートに通ってくれていた、三重県のTさんからメールをいただいた。
一年半経った今も彼女の作品を覚えている。

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藤井昌子先生


ご無沙汰しております。長尾こころのクリニックのアートの時間でお世話になりました。

コロナの自粛は気持ち的に大変ですね。
前から社会的規制に敏感な私には、これから私みたいな人が出てくるとなんとなくわかるのです。
そして、絵が必要と改めて思うのです。


先生にお伝えしたいこと。
今でもアートの時間が必要ですが、同じくらい、離れていても先生はいらっしゃる、とわかることが大事なのではないかと考えました。
会えないけれど、幾分か安心すると思うのです。
大事な写真を見て落ち着く時のように。
長尾先生は残念ながらここにはいらっしゃらないけれど、藤井先生は神戸にいらっしゃる事実があります。
塗り絵の公開や、フジイブログはうれしいです。

無業の私に今できることは、生産、支えてくれる側の人たちに、工夫してくれてありがとうと言うことです。
逆に、ありがとうと言うことで自分を落ち着かせていると思います。

突然のメール、失礼いたしました。どうぞご自愛ください。
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被災した子どもたちや クリニックに通う方々の作品に絵の読み解きを教えていただいたり、再生力を感じてパワーをもらったりは幾度もあったけれど、一年と半年という時間を超えて、今もなお絵が必要と感じてくれていること、これほど嬉しいことはない。 
いや、絵の力は時間が経ったからと言って忘れ去られていくような、そんな小さいものではない。
むしろ、時間が経っても、その力が一人一人の中に根付いていることは、きっと当たり前のことなのだろう。

そして、Tさんが言うように、「離れていても、いる」ということの大きさ。
「これができる人だから大切」、「こんなことしてくれるから好き」ではなく、そこにいる、つまり存在するということの大きさだ。
存在していることの意義は、とてつもなく大きなものなのに、その人自身にはとてもわかりにくくて、ともすればそんなものはないと思ってしまいがちになるような、ある意味やっかいなものだ。
大切なものほど眼に見えないし、ややこしい。

長尾こころのクリニックのアートに通ってくれていた方々の、それぞれの場に今も「アートの時間」があればと思う。 
 
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一斉休校と子ども、そしておとな

2月の終わりごろ、新型コロナウィルス感染拡大を防止するために全国一斉休校の要請があった。
これには子どものいる家庭も学校も企業も混乱した。

しかし、長い休みという点で言えば、夏休みなどの長期の休みは毎年あるわけだし、ゴールデンウィークも年によっては1週間ほどになるときがある。
いつもの長期の休みととの大きな違いは、一つは「突然だった」ことだろう。
わたしも発表された直後にアトリエの保護者の方からの知らせを受けて驚いた。
突然だったので、何から考えていいかさっぱりわからなかった。
準備期間がなかったことは混乱と焦りを招いたように思う。

二つ目は 長期の休みのような楽しみにできるものではなく、「不安の中で」日常が崩れたことだと思う。
つまり、大きな違いは「大人が混乱した」上での長期の休みであるということのように思う。

休校に入って少し経つと、子どものストレスについて様々なニュースが流れた。
他の地域のことは詳しくわからないが、アトリエの子どもたちによると、休校中は外に出て遊ぶことはできないらしい。
自治体によっては、習い事等も自粛するよう通達があったようだ。
神戸市の場合、留守番できない子どもを学校が預かってくれているようだが、1日中会議室などで過ごさなければならない学校もあるようだ。
公園などは屋外だし、仲良しの数人で遊ぶならリスクも極めて小さいように思うが、様々な事情があるらしい。

確かに生活の突然の大きな変化は大人も子どももダメージを受ける。
今回の場合は仲良しの友だちといつものようにくっついて、じゃれあって遊べないことや多くの友だちと一緒に汗をかきながら身体を動かすことができないのも苦しいだろう。

しかし、子どものダメージは学校に行けないことよりも、身近にいる大人が不安を抱えていること、動揺していることの方が影響しているように思う。
手洗いも「しっかり洗わないと危険!」と思いながら促すのと、「しっかり洗ってると安心だよ」と思いながら促すのとでは大きく違う。
子どもは大人の心のコンディションを敏感に感じ取るアンテナを持っているからだ。

25年前の神戸の震災の後、普段と変わりなく過ごしている子どもたちも、実はとてもいろんなことを我慢していることを絵で伝えてくれた。
「怖かった」
「だっこしてほしい」
「わかんない!」
などなど、その小さな心の中に苦しいものを抱えていたが、あまり言葉にはしなかった。
いつもなら、駄々をこねてみたり、わがままをいってみたりすることも心の中に抱えたままがんばっていた。
家や職場の再建、生活の立て直しに奔走する大人たちに対して、とてもじゃないけれどそんなことを言えるときではないとわかっていたようだ。
子どもたちも大人の苦しみを一緒に抱えてくれていた。

とは言え、今の状況では誰であれ不安を抱えていてあたりまえだ。
いつもと変わらず叱られていたり、ダラダラしているように見える子どもたちも、実は大人たちの不安を一緒に抱えてくれていることを知るだけでいい。


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多くの人たちが不安を抱える日はまだ続く。
子どもたちは疲労を出す場があるのか。
わたしたちはできるだけたくさんの子どもに、苦しく思っていることを遠慮なく表現する場をどう届けるか。






自然災害など緊急時のファーストエイドとしての子どものセラピーの方法はわかってきたけれど、今回のように直接関わることが難しい場合は、また実践と研究が必要だ。
表現された苦しみを受け止めることができる大人が増えてほしい。
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プロフィール

ふじいまさこざる

阪神大震災後の子どものこころのケアが色彩楽園の始まりです。当時出会った子どもたちは「こざるー!」と呼んでくれていました(^-^;

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